報告書シリーズ それは長〜〜い等価交換 7.感じる温度 |
|
国家錬金術師に成って二年目…… あれは秋風が冷たく感じられた日。 久し振りに訪れた東方司令部の中庭は、何の赴きを実行に移したのか『池』と化していた。 知った顔を見付けて近寄れば、腕組みをした男は秀麗な顔を俺へと向ける。 「やっと顔を出したか、鋼の。」 「おぉ…久し振り、それよりこれなんかのイベント?」 その光景を指差し質問すれば、眉を潜めた大佐は小さく首を横に振る。 「水道管が破裂した。」 「……で、池なんだ。修復は?」 「今、本管の本を止め―――――― !!!」 「――― !!!」 お互いに気を取られていた俺達は、再度吹き上がって来た膨大な水をモロに被る事となる。 お互いビショビショの侭唖然と見詰め合えば、シンクロしたみたいに笑いが込み上げて……。お互いを指差し遠慮無く笑い転げてしまった。 翌日、仲良く並んだベッドで熱に魘された俺達は、同じ様に点滴を打たれ『お揃いだ』と司令室詰めの皆に馬鹿にされたのはあくまで『オマケ的』な話しだ。 7.感じる温度 シマッタと思う。 昨日、馬鹿の様に冷え切った浴室に濡れた身体を曝していた俺は、昨晩から熱を出してしまったらしい。 風邪引き特有の体内から出る息。味の不味さに顔を歪め鼻からそれを出せば、やっぱりその味的な物は感じられて気分を害した。 はっきり言って俺は通常の体温は高い。少尉達から言わせれば『子供体温』と言うらしい。しかし、今はそれ以上に熱が出ている事は確かだ。 乾きヒリヒリするが、ベッドから身体を起こす気にも成らない。閉じていた瞼を薄っすら開ければ、間借りしている部屋の天井が潤んで見える。
熱を出す事は慣れている。大怪我をした時は、当たり前の様に熱を出しアルに叱られる。後、…下痢もよくする。地方の水が合わなくて、トイレ往復運動なんかは良くある事で……。
だけど、風邪は余り引いた思えが無い。子供の頃は熱を出しやすかったのはアルの方だった。風邪引きの時は、母さんが優しく介抱してくれて、それを羨ましく眺めていた記憶が有る。
潤む視界を壁掛の時計に移せば、それは朝の6時を指していた。 大佐の……朝食。 回らない思考を何とかグルグルと動かし、ゆっくりと身体を起こす。だけど、身体は眠りを要求していて再度汗ばむベッドへと身体が倒れた。 フーと息を吐く。そして今日の予定を必死に思い浮かべる。大佐のスケジュールは、重要な会議が無かった筈で……、溜まったサインに没頭な一日の筈だ。サボらなければ外出も無く、護衛などは必要無いか?と思考を巡らす。 その時フト自分の左頬に冷たい感触が有るのに気付いた。 左手をそれに持って行けば、冷やされたタオルだった。タオルの温度からしてこれがつい先程用意された事は明白だ。しかし、この家にいるのは俺と大佐だけで……。
カチャリ と、扉が開く音に気付き顔を右側へと倒す。そこには白いボタンダウンのシャツに黒のズボン姿のラフな格好をした大佐がいた。顔色は寝不足からか余り良くない。 『冷えたタオル』『寝不足』のキーワードから出された答えは、熱の有る俺でも簡単に弾き出す事が出来た。 「ぁ……たが…よぅ…ぃ…くれた…か?」 喉が痛み掠れて声が出ないのか、言いたい事の半分も音に成らない。ゲホゲホと咳き込み肺の痛みに胸元の洋服を鷲掴む。背中を丸めた俺を見兼ねたのか、大佐は手を伸ばしその背中を擦ってくれた。
「無理に喋ろうとするからだ。寝ていろ。」 咳きが治まり視界を上げれば、眉を寄せる大人の顔が近くにある。背中にあった手を俺の額に当て暫らく動きを止めると再び眉を潜め大きく溜め息を吐き出した。
「熱は下がらないな。医者を呼ぶ、寝ていろ。……ああ、何か食べられそうか?」 「……ず」 唇の動きを読んだ大佐は、「水だな。」と確認を取ると部屋を出て行く。一人残された俺は、再び瞼を閉じた。 暫し………考えてみる。 何で大佐がこんな時間にこの部屋にウロウロと出入りしているのだろう?正確には寝不足顔からの推測で『昨夜』からの事だろう。 俺が熱を出しているのに気付いたのか? だから看病してくれたのか? 何で徹夜で看病してくれたんだ? ………解からない。 昨日の行為も解からないし、今看病してくれているこの状況も解からない。 俺と大佐の関係は『上官と下官』の関係以外無い筈だ。俺がそう言ったし、そう態度で示してきたつもりだった。誤算的に大佐の好みに合う事を色々してしまったが、だからと言って俺が『昔の関係』をバラした訳でもなく、勿論司令部の皆もそんな事を口に出したりはしていないだろう。
大佐の意図が解からない。 ズブズブと思考の迷路に嵌って行く俺は、熱のせいか睡魔に襲われて行く。 徹夜の大佐が向こうで迷惑掛けたら……俺の責任だろうなぁ。 そんな事を思いながら、俺の意識は途絶えた。 何か違和感を感じ、再び瞼を開けた時目に入って来たのは、椅子に座った初老の男性とその後ろに立っている大佐だった。 「目が覚めたかね?もう少しだけジッとしていてくれな、直ぐ終わるから。」 どうやら初老の男性は医者で、俺の胸に聴診器を当てている最中らしい。暫らく目を瞑り事が終えるのを待てば、俺のたくし上げられていた服を直し俺の容態を大佐へと話し始めた。
「まぁ、風邪ですね。大事は無いと思いますが、薬を出すので飲ませて下さい。解熱剤は有りますか?」 「いいえ。」 「この子の体重は?」 「……解かりません。」 暫らく間があいた後、医者は俺の身体を軽く叩き意識を向けさせる。目を開け視線を動かしその人を見れば、優しい眼差しで俺の体重を聞いて来た。
「オートメール…つ…きの?」 「いいや、生身の部分だけだよ。」 「………ど…く…ぃ……かな?」 「喉も痛そうだね。シロップも出しておくから飲むんだよ。」 医者は俺の頭を撫でると、大佐に向き直り何やら紙に書くと、大よその体重で薬の調合を示した紙を渡した。 「薬局にこの処方箋を渡して下さい。」 「有り難うございます。」 「胸が少しゼーゼー言っていますから気を付けて下さい。室内を乾燥させ無いように。」 「はい、他に出来る事は?」 「………少し、身体が弱っているのかな?疲労色が濃いね。良く寝かして下さい。」 「解かりました。」 「では、………君、お大事に。」 「お忙しい中、有り難うございました。」 挨拶の後、俺の顔を見た医者は、優しく笑い声を掛けて帰って行った。見送りに出た大佐が戻って来て顔を覗き込む。 観られて緊張する。 なんて乙女チックな事を思っていれば、冷たい程冷静な視線の大佐は処方箋を持って部屋を出て行く。多分薬局に行ったと思うんだけど………。
仕事は? 薄いカーテンから入って来る光りを見れば、昼前らしい時間帯だ。普段なら執務室の机に括り付けられて必至に書類と戦っている時間だ。そんな事をフラフラする頭で考えていれば、思いの他早く大佐が家へ戻って来た。色々と考えても仕方が無いから、改めて入室して来た大佐へ聞いてみた。
「ぁん…、しご…は?」 仕事はどうした?と言ったんだけど、相変わらず声が出ない。大佐はサイドテーブルに薬を置き、俺の背に腕を入れ身体を起こす。何事かと思えば、薬を置いたサイドテーブルに用意してあったピッチャーからコップへ水を注ぎ入れ、それを俺の口へと当てた。
考えてみれば朝起きてから一度も水分補給していないわけで、カラカラに乾いた喉は一気に水を飲み干して行く。 「慌てるな、急激に入れれば胃が驚く。ゆっくりだ。」 強引にコップを口から放した大佐が、もう一度それを口に付け傾けてくれる。今度はチビチビと口に入れ俺は喉を潤した。 「あり…が……とう……も…ぃぃから」 そう言えば、俺の身体を丁寧にベッドへと寝かせる大佐。潤った事で大きく息を吐けば、身体が少しスッキリした気がした。 さっき迄医者が座っていた席へ腰を降ろした大佐は、俺が投げていた質問を返す。 「今朝軍へ電話を入れてお前の弟を呼ぼうとしたら中尉に言われたんだよ。」 「なんて…いわれたんだ?」 呂律が遅い俺に文句も言わず大佐は苦い笑いを向けた。 「中尉に言わせれば『アルフォンス君も忙しいので、エドワード君の看病は大佐にお任せします。』だと。」 「???」 「手っ取り早く言えば『一番暇なのは大佐です。』だそうだ。」 それはあんまりだろう……、事実は時にして口にしないべきだと思う。困った顔で笑えば、大佐は釣られてクククと笑った。 「もう昼になる、何か食べないと薬が飲めない。」 「しょくよく……ない」 「スープぐらいなら飲めるだろう?」 小さく頷いた俺を見て部屋を出て行く大佐。一人取り残される寂しさを感じながら俺は天井を見詰めた。しかし、もう一度水を飲もうと慎重に身体を起こし右腕を伸ばして気が付いた!!
やっぱり右腕上がらない!! 昨日の銃弾を肩に受けた時の衝撃で、機械鎧はイカレテいるらしい。強引に伸ばした腕が思いの他重く、バランスを崩した俺はベッドの下へと落下した。
ダタンッ 室内に音が響く。受身すら満足に取れない俺は、機械鎧を床に打ちつけそのままゴロンと仰向けに成り動きを止めた。 身体を起こしベッドへと戻ろうと左腕を伸ばすが、床にしゃがみ込んだ俺からは、ベッドが余りにも高い所ろに在った。 マジ? 俺の落下した音を聴いたのか?大佐が室内に顔を出す。俺の無様な所ろを見た大佐は、素早く傍へ屈み込むと俺を抱き上げベットへと戻してくれた。
「何をしているんだ?」 「みずを…とろうとした……」 「水か?」 「うでが……うまく…あがらないか…ら、ばらんす……くずれた。」 「『うで』?機械鎧か?」 瞼を閉じる様に頷けば、目を細め俺を見る大佐。 「俺が診てみよう。」 「???」 「身体も汗でベタ付くだろう?拭くぞ。タオルを持って来る、服は自分で脱げるか?」 熱で素直に成っている俺は、再度瞬きで肯定すると大佐は身体を拭く用意をする為に出て行く。 ノロノロと寝間着のシャツを脱いでいれば、洗面器にお湯を張りタオルを持った大佐が、緩慢な行動の俺の変わりに服を脱がせた。 「俺が拭いてやる、寝ろ。」 「……じぶん……で………」 有無を言わさず上半身の服を剥ぎ取った大佐は、俺を仰向けに寝かすとタオルを洗面器に入れたお湯で濡らし俺の身体を丁寧に拭き始める。かなり恥ずかしいんだけど、それ以上に熱で何も出来ない俺は、されるが侭その行為に甘える事と成った。
「うつ伏せになれ。」 何事にも命令口調なのがムカツクけれど、指示に従って身体を反転させる。タオルを濯ぎ絞った大佐は、それで首筋から拭き始めるが、右肩付け根の部分でその行為を止めると、機械鎧の場所に手を伸ばし何やら確認するように触った。
「………なに?」 「肩と腕の接続部分に銃弾が食い込んでいる。だから上手く動かない様だな。」 「ちょっと待て。」 そう言うと、大佐は片膝をベッドへ乗せ片手を俺の機械鎧の肩に乗せ空いた手でその弾丸を引き抜こうと力を入れた。しかし、至近距離から打ち込まれた弾丸はそう簡単にとれる訳が無く、ペンチを捜して持って来た大佐の再トライでもそれは叶わなかった。
「れんせぃ…して……その…とれない?」 「俺がか?遣って遣れない事は無いが、専門外だから機械鎧に影響があるかもしれないぞ?」 「……このままに…しておいて。」 「弟なら取れないか?」 「たぶん………とれる。」 「後で連絡はしておく。」 「………さんきゅー」 再開された背中を拭く作業は、ベタ付く汗を拭って貰えて気持ちが良かった。熱い身体も拭いた事による水分が冷えて気持ち良い。瞼を落とし小さく溜め息を吐けば、拭いていたその行為がピクリと止まり間を置いて再開された。
「下着はどうする?」 「…ぱんつ?あとできがえる。」 「その時に解熱剤を入れろ、用意しておく。」 「いれろ?」 「座薬だ。」 「…………やだ。」 「…………お前は子供か?」 「こ…ども」 「………俺が入れて遣ろうか?」 「せいざして…のむから……ゆるせ」 「………熱に浮かされて脳が融けたか?くだらん!」 「………」 三度身体を拭き始める大佐は、これ見よがしに盛大な溜め息を付いた。 「こんなに熱が高ければ、脳所か身体の細胞まで死にそうだな。ただでさえ小さな身体が、細胞の減退でミニマム確実に成るだろう。」 「誰がミニマムドチビだーーー!!!ッ!ゲホゲホゲホ―――」 「病人が粋がるな。」 「………ケホ。」 背中を軽く叩き、作業を淡々と続ける大佐。俺は咳きの落着いた身体をグッタリと投げ出しながら、従順にそれを受ける。 暫らくして意識がフワフワと眠りに傾いた頃、背中に何かの違和感。 タオルが腰の辺りで止まり、大佐のもう片方の手は首下辺りで俺を押さえる様に力が入っている。不審下に顔を上げ様とした時、背中に柔らかい物を感じた。
始めは何か解からず身動きを止めた俺だったけれど、それが唇だと解かる。 「――― なっ!!」 身体を捩りそれを拒もうとしたけど、熱で消耗されている俺の力ではどうにもならず、大人の力で上から抑えられている事もありそれは適う事が無かった。
「ちょ…っと!たいさっ!!」 「………」 俺の悲鳴に似た声を無視して、大佐は背筋に沿って舌を這わせる。ゾクリと駆け抜ける感覚にキュッと左手でピロウを握りうめけば、気を良くした大佐はその行為を更に続けて吸い上げる。
「ぁ……たい……さぁ……やめ……ろっ!」 「エド」 「あっ!」 耳元で囁かれジリジリと焼けて行く感覚だ!熱のせいじゃない、この感覚は………押え切れない熱い感覚は……。 涙が滲む、息が荒く成る、四肢が震える、声が上擦る。 今俺を押え付けている男が、俺を開拓し馴らした行為。半年も前に無くしたこの行為の感覚を、俺の身体は拾おうと足掻いている。 流される!! そう思った時、その重みは不意に消えた。 人の温もりが…重みが去った身体は、呆然として身動きが取れない。洗面器を持って部屋を出ようとした大佐に、俺は我に返り声を荒げた。 「テメー!何しやがる!!」 「何って何をされたのか解からないのか?」 「解から……、だから何でそんな事を―――、ゲホッゲホッゲホッ!!」 強く咳き込む俺を、目を細め眺めている大佐は、僅かに口角を上げ言葉を発した。その顔は、記憶があった頃の大佐の表情。『自信家』で『誑し』で『野心家』で『凄腕』で………何処までも身内に甘い、俺に熱い視線を投げるアイツが見せる『計算高い』顔。 「どうして俺が?決まっているだろう。そんな単純な事は自分で考えるんだな。」 咳き込んで涙ぐんだ目で睨んでも効果は無いが、それでも今回の事を咎めずにはいられない。 「病人に…子供に……男に、盛ってんじゃねーぞっ!!」 「『盛る』…ね、善処しよう。それと、着替えはそこに在る、座薬は机の上だ。一人で着替えられなければ俺が遣ってやるが?」 俺は、さっき迄掴んでいたピロウを大佐へと投げ付ける。勢い良く投げたつもりのそれは、ヘロヘロと大佐の前に落ち笑止される。 「全部一人で……出来…る!出て……行けっ!!」 肺の痛みも無視して怒鳴れば、肩を上げた大佐は、扉の向こうへと消えて行った。 「……ちきしょう!ゲホゲホゲホ!!!」 頭に血が昇り、クラクラと目が回ってくる。 疲れ切ってバタンとベッドに身体を投げれば、熱と疲労感から身体がググッと重みを増した。 何で?何で?何で?何で?何で? どうして?どうして?どうして?どうして? グルグルと同じ言葉が頭を巡る。 昨日の行為は? 今日の意味は? 『そんな単純な事は自分で考えるんだな。』 解かる訳が無い! 怒りに任せていた筈の俺は、何時の間にか眠っていたらしい。窓から入る赤い陽で、今が夕刻だと察しがつく。そして、掛けられたケット、着替えが終わっている服。高熱だった身体は、だいぶ楽に成っている。
誰が遣った事かなんて考える必要なんて無い。 そして、視線をドア側移せば………。 椅子でウツラウツラと眠る大佐。 俺を看病していたのか、膝には読みかけの本が開いたまま乗っている。疲労を顔に浮かべ、それでも横にならず俺を看ていてくれた大佐。 何で?何で?何で?何で?何で? どうして?どうして?どうして?どうして? その寝顔を見詰めながら、俺は切なくなる感情と新たに生まれた感情に揺らいだ。 新たに生まれた感情の名前を知っている。 だけど、それは認めてはいけない感情だった。 |